元数学・数理解析専攻所属・名誉教授 堤 誉志雄

 
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堤先生

 私は2004年4月に京都大学理学研究科に赴任し,2022年3月をもって定年退職しました.思えば,2004年4月から国立大学は独立行政法人化し,上からの改革要求が次から次へ降ってくるような時期と重なっていました.そして定年までの最後の2年間は新型コロナウイルス対応のためオンライン授業,ハイブリッド授業を経験するなど,大学が大きく変化した時代に教員生活を送ったといえます.松尾芭蕉は「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」(去来抄)と言ったと伝えられています.これは俳句の作風の理想を述べたものと言われますが,大学のような高等教育研究機関にも当てはまるのではないでしょうか.京都大学で言えば,建学以来の精神である自由の学風や自学自習は研究教育方針の根本です.その一方で,時代,学問の進歩,社会の要請に合わせたカリキュラム変革や研究体制改革などは当然必要でしょう.ただ,京都大学理学研究科の役割は何か,常に自らに問いかけ続けてほしいと思います.最近は,すぐに成果を求められる雰囲気が感じられます.例えば,今話題の“10兆円“大学ファンドもその一つです.アメリカのアイビーリーグ大学を模範として作られたファンドだそうです.しかし,模範としたアメリカ有力大学のファンドは寄付金,つまり返さなくて良いお金が原資ですが,日本の大学ファンドは財投債という国債が原資であり,10年程度で返さなければならないという決定的違いがあります.このような資金で本当に長期的視野に立った基礎研究ができるのでしょうか.日本の国立大学が不易を大切にし続けることができるのか問われています.

 最後に,理学研究科の益々の発展を祈念するとともに,芭蕉が奥の細道に旅立つ前年に詠んだと言われる句を引用して終わりたいと思います.「さまざまの事おもひ出す桜かな」